末広厳太郎の名言紹介を続けます。
「 なお、我々は新入学生から、『講義を聴いていさえすればいいか、それとも参考書を読む必要があるか』というような質問を受けることがしばしばあるが、もしも余裕があれば、参考書を読めば読むほどよろしいに決っている。しかし参考書を利用し得るためには、先(ま)ず講義を理解し、そのうえ講義に疑いを挟むだけの力ができなければならない。いたずらに多数の本を読んで学者所説(しょせつ)の異同(いどう)を知っただけでは、何の役にも立たない。各学者の所説のあいだにいろいろ相違があるのは、その相違を生ずべきそれ相応の理由があるのだから、その理由にまで遡(さかのぼ)って各学者の考え方を討究(とうきゅう)しなければならない。さもないといたずらに物識(ものし)りになるだけで、法律的に物事を考える力が少しも養われない。これに反して、各学者所説の根柢(こんてい)にまで遡って各学者の考え方を研究するようにすれば、自(おの)ずから得るところが非常に多い。参考書を読むことの要否よりも、むしろ読むについての態度を考えることが必要である。」
法学を学んでいると例えば、ある条文のある文言の解釈について「通説」「多数説」「有力説」「少数説」などと様々な学説が登場してきますが、各説の結論と理由だけを丸暗記しようとしてもあまり意味はなく(そもそも、そのような学習方法は相当な苦行だと思われます笑)、なぜそのように各説が分かれ対立しているのかという視点から、まずは理解していくことが重要であると末広は言っているわけですね。
それでは今回はここまでとして、次回はこの続きからご紹介しましょう。
(文責:弁護士 澤村康治)