夏目漱石の名言紹介を続けます。
「之(これ)を『ポー』に聞く、曰(いわ)く『功名(こうみょう)眼前(がんぜん)にあり、人々何ぞ直ちに自己の胸臆(きょうおく)を叙(じょ)して思ひのままを言はざる。去(さ)れど人ありて思(おもい)の儘(まま)を書かんとして筆を執(と)れば、筆忽(たちま)ち禿(とく)し、紙を展(の)ぶれば紙忽ち縮(ちぢ)む、芳声嘉誉(ほうせいかよ)の手に唾(つば)して得(え)らるべきを知りながら、何人(なんびと)も躊躇(ちゅうちょ)して果たさざるは是(これ)が為(ため)なり。』と。人豈(あに)自(みずか)ら知らざらんや、『ポー』の言(げん)を反復(はんぷく)熟読(じゅくどく)せば、思(おもい)半(なか)ばに過ぎん。蓋(けだ)し人は夢を見るものなり、思ひも寄らぬ夢を見るものなり、覚めて後(のち)冷汗(ひやあせ)背に洽(あまね)く、茫然自失(ぼうぜんじしつ)する事あり。」
意訳すると「これを『ポー』(注:アメリカの作家:エドガー・アラン・ポー。史上初の推理小説と言われる『モルグ街の殺人』の作者。)に尋ねてみると、ポーが言うには『人々が自己の胸の内をさらけ出して思いのままを叙述すれば、すぐに功名が手に入るはずである。しかし人が思いのままを書こうとして筆をとれば、筆はたちまち抜け落ちてしまうし、紙をのばせば紙はたちまち縮んでしまう。素晴らしい名声が容易に手に入ることを知りながら、みんなが躊躇して実行できないのはこのためである。』とのことである。『自分自身のことは自分自身で分かっていて当然である』という言葉を考えるにあたって、『ポー』の言葉を繰り返しよく読んでみれば、なるほどと思い当たる所が多いであろう。思うに人は夢(注:ここでは夢想・妄想・幻想に近い。)を見るものである。思いもよらない夢を見るものである。夢から覚めた後、冷や汗が背中に広がり、あっけにとられて我を忘れてしまうことがある。」といった所でしょうか。
エドガー・アラン・ポーをもじったペンネームを名乗った日本の推理作家をご存じでしょうか?
あまりにも有名な問題ですが笑、解答は次回に行いたいと思います。
(文責:弁護士 澤村康治)