澤村こうじ法律事務所

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コラム2022年0316

名言紹介(13)「夏目漱石 その4」

 夏目漱石の名言紹介を続けます。

「所謂(いわゆる)不可思議(ふかしぎ)とは『カツスル、オフ、オトラントー』の中の出来事にあらず。『タムオーシヤンター』を追懸(おいか)けたる妖怪にあらず。『マクベス』の眼前に見(あら)はるる幽霊にあらず。『ホーソーン』の文、『コルリツヂ』の詩中に入(い)るべき人物の謂(いい)にあらず。われ手を振り目を揺(うご)かして、而(しか)も其(そ)の何(なん)の故(ゆえ)に手を振り目を揺かすかを知らず、因果(いんが)の大法(たいほう)を蔑(ないがしろ)にし、自己の意思を離れ、卒然として起(おこ)り、驀地(ばくち)に来(きた)るものを謂(い)ふ。世俗(せぞく)之(これ)を名づけて狂気と呼ぶ。狂気と呼ぶ固(もと)より不可なし。去(さ)れども此種(このしゅ)の所為(しょい)を目(もく)して狂気となす者共(ものども)は、他人に対してかかる不敬(ふけい)の称号を呈(てい)するに先(さきだ)つて、己等(おのれら)亦(また)曾(かつ)て狂気せる事あるを自認せざる可(べ)からず、又(また)何時(いつ)にても狂気し得(う)る資格を有する動物なる事を承知せざるべからず。」

 意訳すると「いわゆる不可思議とは『キャッスル オブ オトラント』(注:イタリアにある『オトラント城』。イギリスの作家:ホレス・ウォルポールによる史上初のゴシック小説『オトラント城奇譚』の舞台となった。)の中の出来事ではない。『タム・オ・シャンター』(注:スコットランドの詩人:ロバート・バーンズによる魔女伝説の詩『シャンタ村の農夫タム』)を追いかけた妖怪ではない。『マクベス』(注:イギリスの劇作家:ウィリアム・シェイクスピアによる『マクベス王』の生涯を描いた戯曲。)の眼前に現れる幽霊ではない。『ホーソーン』(注:アメリカの作家:ナサニエル・ホーソーン。ゴシック小説で有名。)の文章や、『コールリッジ』(注:イギリスの詩人:サミュエル・テイラー・コールリッジ。神秘的・怪奇的な幻想詩で有名。)の詩の中に登場するような人物という意味ではない。私が言う不可思議とは、自分自身が手を振り目を動かしているのに、何が原因で手を振り目を動かしているのか自分自身でも分からないような、原因と結果の大原則を無視して、自己の意思を離れ、突然に起こり、まっしぐらにやって来るものをいう。世間では、これを名づけて狂気と呼ぶ。狂気と呼ぶのも、もちろん悪くはない。しかしこの種の振る舞いをとらえて狂気として安易に処理する者たちは、他人に対してこのような失礼な称号を与えるのに先立って、自分たちもまたかつて狂気したことがあることを自認しなければならないし、またいつでも狂気しうる資格を持っている動物であることを承知しなければならない。」といった所でしょうか。

 「その4」に至って、ようやくこの名言の本題(人間の本能や本性に根ざした不可思議さや危険性)に入りかけてきました笑
 それでは今回はここまでとし、次回はこの続きからご紹介しましょう。

(文責:弁護士 澤村康治)
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