澤村こうじ法律事務所

Information & Column

コラム2022年0213

名言紹介(12)「夏目漱石 その3」

 夏目漱石の名言紹介を続けます。

「小説は此(この)錯雑(さくざつ)なる人生の一側面(いちそくめん)を写すものなり。一側面猶且(なおかつ)単純ならず。去(さ)れども写して神(しん)に入(い)るときは、事物の紛糾乱雑(ふんきゅうらんざつ)なるものを綜合(そうごう)して一(ひとつ)の哲理(てつり)を数ふるに足る。われ『エリオツト』の小説を読んで天性の悪人なき事を知りぬ。又(また)罪を犯すものの恕(ゆる)すべくして且(かつ)憐(あわれ)むべきを知りぬ。一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)わが運命に関係あるを知りぬ。『サツカレー』の小説を読んで正直なるものの馬鹿らしきを知りぬ。狡猾奸佞(こうかつかんねい)なるものの世に珍重(ちんちょう)せらるべきを知りぬ。『ブロンテ』の小説を読んで人に感応(かんのう)あることを知りぬ。蓋(けだ)し小説に境遇を叙(じょ)するものあり、品性を写すものあり、心理上の解剖(かいぼう)を試(こころ)むるものあり、直覚(ちょっかく)的に人世(じんせい)を観破(かんぱ)するものあり、四者(ししゃ)各(かく)其(その)方面に向つて吾人(ごじん)に教ふる所なきにあらず。然(しか)れども人生は心理的解剖を以(もっ)て終結するものにあらず、又(また)直覚を以て観破し了(おお)すべきにあらず。われは人生に於(おい)て是等(これら)以外に一種(いっしゅ)不可思議(ふかしぎ)のものあるべきを信ず。」

 意訳すると「小説はこの複雑な人生の一側面を描くものである。一側面ではあるが、それでもなお単純ではない。一側面を描いていても非常に優れて神がかっている小説には、事物の複雑さを上手く総合して1つの本質的な道理を見て取ることができる。私は『エリオット』(注:イギリスの作家:ジョージ・エリオット)の小説を読んで、生まれながらの悪人がいないことを知った。また罪を犯す者は許すべきであり、かつ憐れむべきであることを知った。行動の全てが、私の運命に関係することを知った。『サッカレー』(注:イギリスの作家:ウィリアム・サッカレー)の小説を読んで、正直者が馬鹿を見ることがあることを知った。ずる賢い者が世間で重宝されることがあることを知った。『ブロンテ』(注:イギリスの作家:シャーロット・ブロンテ)の小説を読んで、人に信仰心があることを知った。思うに小説には境遇を叙述するものがあり、品性を写すものがあり、心理を解剖しようと試みるものがあり、直観的に世の中を見抜くものがあり、それら4要素がそれぞれの方面に向かって我々に教えてくれる所が大きい。しかし人生は心理的解剖で解明しきれるものではないし、また直観で見破りきれるものでもない。私は人生において、これら以外に一種不可思議なものがあるはずだと信じている。」といった所でしょうか。

 漱石が言うところの「人生に存在する、一種不可思議なもの」とは一体何でしょうか?不可思議といっても怪談的な話ではないので、どうぞご心配なく笑
 次回からその辺りのご紹介に入っていきたいと思います。

(文責:弁護士 澤村康治)
お知らせ・コラム一覧へ