夏目漱石の名言紹介のラストです。
「人生は一個の理窟(りくつ)に纏(まと)め得(う)るものにあらずして、小説は一個の理窟を暗示(あんじ)するに過ぎざる以上は、『サイン』『コサイン』を使用して三角形の高さを測ると一般なり、吾人(ごじん)の心中(しんちゅう)には底なき二等辺三角形あり、二辺(にへん)並行(へいこう)せる三角形あるを如何(いかん)せん。若(も)し人生が数学的に説明し得(う)るならば、若し与へられたる材料よりX(エックス)なる人生が発見せらるるならば、若し人間が人間の主宰(しゅさい)たるを得(う)るならば、若し詩人文人(ぶんじん)小説家が記載せる人生の外(ほか)に人生なくんば、人生は余程(よほど)便利にして、人間は余程えらきものなり。不測(ふそく)の変(へん)外界(がいかい)に起(おこ)り、思ひがけぬ心は心の底より出(い)で来(きた)る、容赦なく且(かつ)乱暴に出(い)で来(きた)る。海嘯(つなみ)と震災は、啻(ただ)に三陸(さんりく)と濃尾(のうび)に起(おこ)るのみにあらず、亦(また)自家(じか)三寸(さんずん)の丹田(たんでん)中(ちゅう)にあり、険呑(けんのん)なる哉(かな)。」
意訳すると「人生は1個の理屈にまとめることができないものであるが、小説は1個の理屈を暗示するに過ぎないものであるし、『サイン』や『コサイン』などを使用すれば三角形の高さを測ることができるというのが幾何学(注:前回同様、図形や空間の性質について研究する数学の分野)の一般的な理論であるが、我々の心の中には底がない二等辺三角形があるのであって、二辺が平行している三角形の高さは測りようがない。もしも人生が数学的に説明しきれるものならば、もしも与えられた材料から『X』という人生が発見されるものならば、もしも人間が自分の意思で自分の行動を完全に制御できるものならば、もしも詩人や芸術家や小説家が創作した人生の他に人生がないのであれば、人生はよほど便利であって、人間はよほど偉いものである。予想外の異常事態が自分の身の回りに起こると、自分でも思いもよらないような心が心の底から出てきてしまうものであり、しかもそれは容赦なくかつ乱暴に出てきてしまうものである。津波や震災は、三陸地方や濃尾地方だけに起こるものではなく、我々の心の中にもその発生源があるのであるから、我々は誰もが自分自身の中に理性では制御しきれない危険性を抱えていることを自覚して、その危険性が顕在化しないように用心しながら生きていかなければならないのだ。」といった所でしょうか。
以上14回にわたって夏目漱石の名言をご紹介してきました。
1年以上ぼちぼち書き続けて、ついに今回で夏目漱石シリーズが終わりました笑
(文責:弁護士 澤村康治)