丘浅次郎の名言紹介を続けます。
「およそ動物を互いに比較して甲乙いずれのほうの生存競争がはげしいかを論ずる場合には、各動物の生存競争の全部を残りなく観察して、互いにくらべねばならぬ。甲動物の生存競争の一部と乙動物の生存競争の全部とを比較して、甲におけるよりも乙のほうが競争が劇烈(げきれつ)なりなどと考えるのはむろん大なる誤りである。動物には各個体が単独に生活するものと、多数の個体が集まって団体を造るものとがあって、単独生活をする動物ならば個体間の生存競争がその動物の生存競争の全部であるが、団体生活をする動物では生存競争は主として団体と団体との間に行なわれ、個体間の競争のごときはわずかにその一小部分(いちしょうぶぶん)に過ぎぬ。もっとも完結した団体を造るものでは団体間の生存競争が、すなわちその動物の生存競争の全部であって、同一団体に属する個体の間には少しも競争はない。されば、単独生活をする野獣の生存競争と、団体生活をする人類の個人間の生存競争とを比較して、あれは猛烈なり、これはゆるやかなりと論ずるのは全く標準の異なったものをくらべているので、実は大間違いなことである。真に人類と他の動物との生存競争を比較しようと思わば、よろしく人間社会に現われる各階段(かくかいだん)の生存競争を合計し、これを人類の生存競争の総額と見なして論ずべきわけであるが、かくして見ると、われら人類の生存競争のはげしさはごうも(「少しも」の意。漢字で表記すると「毫も」。)野獣類に劣らぬのみならず、むしろはるかにこれを超えていると言わねばならぬ。」
上記の「各階段」で言う「階段」は勿論、建物の階段ではなく「段階、等級、階級」のような意味です。「人類の生存競争は、いろいろな段階で実際に行われている」ということを、丘は伝えようとしているわけですね。
次回はその辺りをご紹介したいと思います。
(文責:弁護士 澤村康治)