夏目漱石の名言紹介を続けます。
「是(この)時(とき)に方(あた)つて、わが身心に秩序なく、系統なく、思慮なく、分別なく、只(ただ)一気の盲動(もうどう)するに任(にん)ずるのみ。若(も)し海嘯(つなみ)地震を以(もっ)て人意(じんい)にあらずとせば、此(この)盲導的動作(もうどうてきどうさ)亦(また)必ず人意にあらじ。人を殺すものは死すとは天下の定法(じょうほう)なり。されども自(みずか)ら死を決して人を殺すものは寡(すく)なし。呼息(こそく)逼(せま)り白刃(はくじん)閃(ひらめ)く此(この)刹那(せつな)、既に身あるを知らず、焉(いずく)んぞ敵あるを知らんや。電光影裡(でんこうえいり)に春風(しゅんぷう)を砥(き)るものは、人意か将(は)た天意(てんい)か。」
意訳すると「異常事態に直面したときには、自分の肉体・精神には秩序もなく、系統もなく、思慮もなく、分別もなく、ただ衝動的に行動する自分を制御することもできない。もし津波や地震が、人間の意思ではどうすることもできないものだとするならば、この衝動的な行動もまた、人間の意思ではどうすることもできないものであろう。『殺人罪を犯した者は死刑になる』というのは世の中の決まりである。しかし自分が死刑になることを覚悟して他人を殺す者は少ない。呼吸が苦しくなり刃がするどく光るこの瞬間には、既に理性を失っていて自分の命があるかどうかも分からないし、敵がいるかどうかも分からない。そうだとすれば、殺人を犯す行為は人間の意思によるのか?それとも津波や地震と同じように、天の意思(注:ここでは自然現象に近い。)によるのか?」といった所でしょうか。
この辺りを突きつめて考えていくと、人間の行動と自然現象との境目が曖昧になってくるように感じられて、面白い視点だなあと思います。
それでは今回はここまでとし、次回はこの続きからご紹介しましょう。
(文責:弁護士 澤村康治)